福岡地方裁判所小倉支部 昭和58年(ワ)703号 判決 1986年9月11日
反訴原告
岡本勝己
反訴被告
株式会社鶴田号工作所
ほか一名
主文
一 反訴原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は反訴原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 反訴原告
1 反訴被告らは反訴原告に対し、各自金四五〇万六四二八円及びうち金二九六万九九〇八円については昭和五八年九月一四日から、うち金一五三万六五二〇円については昭和五九年四月一三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 反訴被告ら
主文同旨
第二当事者の主張
一 反訴請求原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和五七年一一月一一日午前一一時一〇分ごろ
(二) 場所 北九州市戸畑区中原西三丁目一二番三五号先路上
(三) 態様 反訴被告小田亀彦(以下「被告小田」という)運転の普通貨物自動車(以下「加害車」という)が、信号待ちのため停車中の反訴原告(以下「原告」という)運転の軽貨物自動車(以下「被害車」という)に追突した。
2 責任
被告小田は、その過失によつて本件事故を惹起させたものであるから民法七〇九条により、反訴被告株式会社鶴田号工作所は加害車を従業員である被告小田にその事業の執行として運転させていたのであるから民法七一五条、自賠法三条によりそれぞれ賠償責任を負う。
3 損害
(一) 受傷と治療経過
原告は、本件事故により頸部捻挫及び腰部捻挫の傷害を受け、原田医院で、昭和万七年一一月一一日から昭和五八年四月二〇日まで入通院して治療を受けた。
(二) 損害額
(1) 休業損害 一一五万七二六八円
原告は、荷物運送業を営み、一日平均七一八八円の収入を得ていたが、本件事故により一六一日間稼働できず、その間次の収入を失つた。
7,188×161=1,157,268
(2) 廃業による損害 一〇〇万円
原告は、福山通運の下請として荷物運送業をしていたが、前記休業により福山通運から継続的運送契約を解除され、やむなく運送業を廃業したが、そのため被つた損害は一〇〇万円を下らない。
(3) 治療費 一四三万六五二〇円
(4) 入院雑費 七万四〇〇〇円
(5) 交通費 三万八六四〇円
(6) 慰藉料 八〇万円
(7) 弁護士費用 四〇万円
4 損害の填補
原告は、自賠責保険より四〇万円の支払を受けた。
5 よつて、原告は被告らに対し、四五〇万六四二八円及びうち二九六万九九〇八円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年九月一四日から、うち一五三万六五二〇円については昭和五九年四月一二日付原告準備書面送達の翌日である同月一三日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2及び4の事実は認める。
2 その余の請求原因事実は不知。
本件事故において加害車が被害車に追突したときの速度は、二・五キロメートル以下であり、このような軽微な衝突によつて原告が受傷することはありえない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録を引用する。
理由
一 交通事故発生の事実(請求原因1)及び責任原因(同2)については、当事者間に争いがない。
二 原告は、本件事故により頸部捻挫及び腰部捻挫の傷害を受けたと主張するのでその点につき判断する。
1 本件事故の態様
前記争いのない事実及び成立に争いがない甲一、三号証、九号証、昭和五七年一一月一三日撮影の被害車の写真であることについて争いがない甲五号証の一ないし四、加害車の写真であることについては争いがなく同年一二月二〇日撮影されたものであることについては証人浜田快満の証言によつて認められる甲八号証の一ないし四、同証人の証言、原告及び被告小田各本人尋問の結果、鑑定人堀内数、同大木聴の各鑑定の結果を総合すると、被告小田は、昭和五七年一一月一一日午前一一時一〇分ごろ、北九州市戸畑区中原西三丁目一二番三五号先路上で信号待ちのため停車していた原告運転の被害車の約二メートル後方の地点でブレーキペダルを踏んで停止していたところ、袖口に付着した油の汚れに気をとられているうちにペダルにかけていた足が緩み、たまたま右地点が勾配一〇〇分の二の緩い下り坂であつたため加害車が動き出し、時速二・五キロメートルの速度で被害車の後部に追突したこと、衝突後の加害車のバンパーには衝突痕が認められなく、被害車のバンパーには加害車のボルトによる軽微な圧痕四個が存在したこと、原告は、追突時に車内で頭部、腰部など身体を打つていないこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 診断及び治療経過
成立に争いがない乙六ないし八号証、証人原田敏雄の証言によつて真正に成立したものと認められる乙一、二号証、同証言及び原告本人尋問の結果によると、原告は昭和五七年一一月一一日北九州市内の原田医院において原田医師の診察を受けたこと、原田医師は原告が激しい追突事故に遭つたと述べて頸部や頸部から肩への痛み、腰痛、頭痛、嘔気、めまいを訴えたので、レントゲン所見による異状を認めなかつたが、原告の病名をいわゆる鞭打症である頸部捻挫及び腰部捻挫と診断し、原告の希望もあつて、原告を同月一九日から昭和五八年一月三一日まで入院させ、さらに同年四月二〇日まで通院治療させたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 ところで、成立に争いがない甲二号証によれば、人間の頭部が後方へ曲りうる生理的限界角度は六一度であり、頭部が右限界角度を超えて後傾するといわゆる鞭打症が生じうること、追突速度が時速一六キロメートル以上になると頭部が六九度後傾するから頸部に損傷を生じるが、時速一一・二キロメートルでは頭部が一五度後傾するにすぎず他の問題のないかぎり頸部に傷害を起すに至らないと解されていることが認められる。
4 これを本件についてみると、前記認定のとおり、加害車の追突時の速度は時速約二・五キロメートルで被害車の損傷の程度も軽微であるから、追突による原告への衝撃の程度は極めて軽微なもので、とうてい人間の頭部を生理的限界以上に後傾させるほどのものとはいえない。
しかるに、前記診断がなされたのは、原田医師が原告の主訴を裏付けるに足りる他覚的所見を全く認めなかつたにもかかわらず、原告の愁訴と本件事故状況の過大な報告にのみ依拠して原告の症状を判定したからであつて、原田医師が事故の状況を十分把握し、かつ原告の主訴に対する客観的な検査を尽していれば、右診断がなされたものかははなはだ疑問であるといわざるをえない。
右のような本件事故の態様及びその程度、診断内容等に照らすと、原告が本件事故によつてその主張する傷害を受けたと認定することは、困難であつて、原告の主張に副う前掲各証拠はいずれもこれを採用することができず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
三 以上の次第であるから原告の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村岡泰行)